駅の無人化ガイドライン
~本当に無人化が前提でいいの?~
NPO法人 自立生活センターぶるーむ
代表 田中 雄平
私は15歳の時から35年間電動車いすを使って生活をしている。20代のころから通勤やレジャーでJR九州の電車を使うようになった。
私たち車いすユーザーが電車を利用する場合は、駅のホームと車両の間に段差と隙間があるため、駅員によるスロープ介助を受けることになる。乗車駅の改札口で駅員に乗車する旨と降車駅を伝えると、降車駅に連絡され、乗車駅と降車駅の双方でそれぞれの駅員がスロープ介助を行うわけである。
駅の規模や駅員の慣れにもよるが、発車時刻の7分前くらいまでに乗車駅の駅員に乗車の旨を伝えれば確実に乗車できるというのが、長年車いすユーザーとして鉄道を利用してきた私の感覚である。
私たちの社会には鉄道以外にも様々な公共交通の手段がある。それぞれに長所・特徴があるわけだが、例えば、鉄道が持っている、飛行機やタクシー(流しのタクシーを除く)にない長所とは何であろうか。
それは事前連絡なしに利用できるという点だと思う。電話予約をして鉄道を利用する人はいない。
車いすユーザーも、乗車駅と降車駅の双方で駅員によるスロープ介助という合理的配慮の提供を受けることによって、障害のない人と同じように、事前連絡なしに鉄道を利用してきた。
しかし近年、日本全国で鉄道駅の無人化が進み、車いすユーザーをはじめとする乗降にサポートが必要な人の鉄道利用に支障が出てきている。
JR九州においても本年3月に無人駅が拡大され、私が利用する最寄り駅も完全無人化ではないが無人の時間帯が大幅に増えた。その時間帯に乗降介助を受けようと思うと別の駅から巡回スタッフに来てもらわなければならないので、結果として事前に電話やインターネットによる連絡をしなければならなくなった。
このような状況を受けて本年7月、国土交通省において「駅の無人化に伴う安全・円滑な駅利用に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」という。)が策定された。
本ガイドラインは、無人駅における障害当事者等の安全、円滑な利用に資する取組等について検討することを目的として、障害当事者団体・鉄道事業者及び国土交通省の三者からなる意見交換会が令和2年11月に設置され、そこでの議論を経て策定されたものである。
この中では「我が国の少子高齢化の進展や生産年齢人口の減少等による鉄道利用の減少、輸送サービスの担い手不足に対応するため、鉄道事業者はこれまで経営の合理化、経営体質の改善に向けた努力を続けてきたところであり、駅係員の常駐しない駅が存在する」として、無人駅の存在は避けられないものとされている。
そのうえで、①運行情報ディスプレイの設置、②無人駅を遠隔監視しカメラ・モニター付きインターホンを介して利用客と会話をするシステムの導入、③カメラ・モニター付き自動券売機の設置、④車いすでの単独乗降を可能にするためのホーム端への櫛型ゴムの設置等、ハード面での環境整備が望ましい姿として描かれている。
たしかに、最終的には最新技術を用いて乗降にサポートが必要な人も単独乗降できるようになるのが理想である。しかし、現実はそんなに簡単な話ではない。
JR九州で言えば、前述④車いすでの単独乗降を可能にするためのホーム端への櫛型ゴムの設置を一つとってみても、車両の規格が複数あるので車両によって乗降口の高さはまちまちであり、櫛型ゴムの設置だけでは段差・隙間の解消は実現しない。車両規格の統一化が必要となるが、私自身がこれまでJR九州と交わした駅の無人化に関する話し合いの中でJR九州自ら車両規格の統一には相当な時間がかかることを認めている。
つまり、車両規格の統一が実現するまで車いすでの単独乗降は不可能であり、サポートを受けるのであれば事前連絡が必要となってしまうのである。
前述したとおり鉄道が持つ他の公共交通手段にない長所・特徴は事前連絡なしに利用できることであり、これは鉄道サービスの本質ともいえる。この本質的利益を障害があって乗降にサポートが必要な人だけは享受できないというのであれば、それは明らかに障害を理由とした差別であると考える。
障害者差別解消法の国土交通省の対応指針には、「障害があることのみをもって、乗車できる場所や時間帯を制限し、又は障害者でない者に対して付さない条件をつける」ことは不当な差別的取扱いにあたると明確に書いてある。
事前連絡を求めることは障害者でない者に対して付さない条件をつけることそのものでる。
本ガイドラインには障害者差別解消法に関する記述がほとんどなく、この点は非常に問題であると指摘しておきたい。
人口減少とコロナ禍により鉄道会社の経営が厳しいことは理解できる。
この問題を根本的に解決するには国や地方自治体等、行政の積極的関与が必要だと思う。以下に一つの視点を紹介したい。
令和4年5月15日付毎日新聞朝刊「時代の風」で藻谷浩介氏はこう言っている。
「そもそも交通インフラは税金で整備し維持するのが世界の常識だ。日本でも、一般道や港湾施設、空港の滑走路などはそうなっている。一般道路の整備費用まで払えと言われれば、バス会社は成り立たない。滑走路まで自前で建設せよと言われれば、航空会社は消滅する。鉄道も同じで、軌道は道路と同じく税金で維持補修し、列車の運行は民間企業が採算ベースで担う『上下分離』が世界の常識だ」
鉄道も「上下分離」で税金を投入すれば、駅に最低一人は駅員を配置して適切な合理的配慮を提供することが可能になるのではないだろうか。
もちろんこの議論には納税者である私たちの理解と覚悟も必要となる。
しかし、そもそも合理的配慮は多様で個別性の高いものであり、人による提供になじみやすいものなのである。
【駅の無人化に伴う安全・円滑な駅利用に関するガイドライン】
●ガイドラインの概要
1.障害当事者の要望を踏まえた鉄道事業者の環境整備
・障害特性(視覚・聴覚・車椅子など)に応じた情報提供
・駅利用の際の事前連絡
・乗務員による乗降介助など
・ハード対策・ソフト対策一体の環境整備を行うことが重要
2.地域等との連携
・駅運営について自治体や沿線施設等との十分なコミュニケーションが必要
・自治体や地元企業等との連携、委託を通じた駅運営も有効な取組
3.先行に事例も参照しつつ対応
・ハード整備・ソフト対応も含め、多くの先行事例を収集・掲載
・事業者の駅運営の参考にし、この内容を最大限尊重することが望まれる